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芸能・アイドル

身内にいて嫌な人:自殺した有名人が身内にいると嫌です

たとえば妹が岡田有希子さんとか、お姉さんが清水由貴子さんとか。

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身内に自殺した人がいると言うことそのものも気持ちのいいものではありませんが、ましてや有名な人となると、何も悪いことをしていないのになんとなく後ろ指を差され、何をやっても目立ってしまうような人生を歩むような気がします。

さらにその人が鉄道への飛び込み自殺など、他人に多大なる迷惑をかける亡くなり方をしてしまうと、もっと嫌になってしまいます。

亡くなる人はいいかもしれませんが、身内にも多大なる迷惑をかけてしまうと言う事を、よく考えないといけないです。


アイドルに夢中になったこと:あります。80年代には年頃でした

このブログをずっとごらんの方は分かっていらっしゃると思いますが、私もアイドルに夢中になったことがあります。

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特に好きだったのが、菊地桃子や西村知美、今のアイドルで言うと堀北真希や新垣結衣のような、そっち系の顔立ちが好きです。綾瀬はるかも好きです。自分の言葉で話しさえしなければ。

当然奥さんの顔立ちもそっち系です。

類は友を呼ぶと言うか、私の友人にもアイドルが好きな人がいて、一緒にドライブに行ったりすると必ずと言ってもいいくらいアイドル系の曲が流れます。

岡田有希子の曲も好きで、全部集めてたみたいです。岡田有希子も最近の若い人は知らない人も多く、岡田有希子と言うと、「えっ、その名前が出ると言うことは、そういう・・・?」と、煙たがられたのが逆に懐かしくなります。あっ、私も好きなので、よくテープに録音させてもらっていました。

アイドルと呼べるかは分かりませんが、最近「狩人」の「あずさ2号」なんて聴いてみました。あの二人にきれいなハーモニーは、並大抵の歌唱力とチームワークではなしえないものですね。ほぼ「あずさ2号」一曲で終わったのがちょっと残念です。

「二世タレント」と聞いて思いつくのが「関根麻里」さん

私が「二世タレント」と聞いて思いつくのが「関根麻里」さんです。

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私は昔、「欽ちゃんシリーズ」が好きで、「欽どこ」を見ていたころに出てきていた方が、お父さんの「関根勤」さんです。

そんなお父さんの芸風を、好感をもって見ていた私は、その娘さんがどのような方かとても興味がありました。

実際見てみた麻里さんの印象は、やはりほぼ想像通りで、とても大事にお父さんに育てられてきたんだなという印象でした。

彼女ほど、お父さんとのつながりを強く意識して注目しているタレントは、私にはほかにいないと思います。

これからもがんばってください。

私にとってのアイドル:それは

私にとってのアイドル、それは本当に無数にいました。それこそいわゆる芸能界にいる「アイドル」から、身近な「アイドル」まで。

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その中でも、私が若いころのアイドルは、

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水着にグッと来た女性:昔見た岡田有希子さんの水着姿

水着にグッと来た女性。それはあまたありますが・・・。

コネタマ参加中: 水着姿にグッときた、女性タレントといえば誰?

昔見た岡田有希子さんの水着姿が今でも印象に残っています。

動画はこちら (リンク切れの際はご容赦ください)

彼女が活躍した当時は、今と違って男女関係がストイックで、清純派の「アイドル歌手」といえば、あまり水着姿にはならないものとされていました。

それだけに、夏に開かれる「水着大会」の番組は、非常に人気がありました。

競技の合間に、アイドル歌手の歌が入るときがあるのですが、私が見ていたときは、岡田有希子さんが「リトルプリンセス」を歌っていました。

それも、彼女の水着姿がストレートに見えるアングルで、見ているこっちが恥ずかしくなるくらい、健康的なその姿を見せていました。

それを見ながら私は、「岡田有希子さんもなかなかいいなあ・・・」と思っていたのですが、その後若干イメチェンして、私のタイプから若干遠のいて、その後自殺されたので、彼女に対する思いは、若干消化不良です。

彼女がいない今となっては、思い出が美しいままにしとこうと思うしかないですねえ・・・。

のりピーから酒井法子容疑者へ

ここ数日で、ずいぶん印象が変わりました。

のりピー、もとい、酒井容疑者。

私が若いころは、ドライブというと車の中で聞くカセットの中に、彼女の曲が必ず入っていました。

私が好きだったのは、「Love Letter」で、何かのCMで潮風に吹かれながら流れていたこの曲がすごく好きでした。

特別に彼女のファンだったというわけではないのですが、それでも彼女の印象はかなりよかったです。

それだけに、今回の一件はかなり驚きました。

それからしばらくして聞いたのは、アジアで大人気だという話。

ママさんになっても活躍していたという話。

「ノア」のCMは、好感度抜群でしたね。もっとも私は、ミニバン全般的に、「一般人が運転するバス」の印象があって、従来車が持っている「走る喜び」を子供に伝えることはできないのではないかと思いました。

この車で育った子だったらきっと、「移動手段としての利便性がなければ、お金ばかりかかる車なんてほしくない。」と思うでしょうね。

そんな話はともかく、「のりピー語」を含め、多くの彼女にまつわる話も封印されてしまうのですね。

またひとつ、語れなくなった歴史が増えたのはすごく悲しいです。

語れなくった歴史が「またひとつ」といったのは、もうひとつ語れなくなった歴史は岡田有希子さんについてです。

酒井法子さんと同じサンミュージックという事務所に所属していました。

岡田有希子さんの自殺の後、そのマネージャーは酒井法子さんの担当をされたのですが、そのマネージャーさんも自殺して、更にその後にこの騒ぎで、サンミュージックも大変なんだろうなと思います。

記者会見に社長が出てこないのも、気持ちとしてはわかります。記者さんたちは納得できないみたいですが。体制を整えて翌朝記者会見しましたね。

この事件は、多くの芸能界の皆さんの顔にも泥を塗ったと思います。テレビでは潔白という顔をしていても、隠れて何かしてるんじゃないかなと、思いたくもなりまよね。

岡田有希子さんのエピソード:最近あったこと

最近、携帯を変えたときに、新しく検索HPを登録しました。

ある日それを見ると、「お勧めキーワード」に、「岡田有希子」とありました。

私はそのとき、「ああ」と思いました。

よく考えてみると、あれから相当年月がたった。もう、20年以上たっている。そう思いました。

そうしてしばらくは、「岡田有希子」をキーワードにして検索してました。検索された当時の静止画を見てました。個人でHPを立ち上げている方がたくさんいらして、いまだに人気があるんだなあと思いました。

いろいろ試しているうち、動画が検索上に出てきました。動画も豊富にありました。

その中にあった、昔好きだった「リトルプリンセス」の動画を、恐る恐るスタートさせました。なにか、衝撃が走るんじゃないか。そんな不安がありました。パンドラの箱を開けるような気分でした。

ただ、いざ動画をスタートさせると、そこには遠い昔に見慣れた彼女の歌う姿が流れてきました。久しぶりに解いた「封印」の向こうにあった世界は、思ったより暖かでした。

久しぶりに聞いた彼女の歌声は、非常に張りがあり、気持ちよさそうに高らかに歌っていました。これほどまでに歌唱力のある歌手は、「アイドル」という枠を取っ払ってもそうそういないと思いました。

それだけでなく、彼女の踊りはうまいのはもちろんですが、独特だとも思いました。まず、腰をメインに体を大きく動かしているのが目に留まりました。それだけでなく、サイドステップや、体の上下運動が大きいので、カメラに収まりにくいと思いました。

また、歌詞に合わせてジェスチャーを変えるのが面白いと思いました。

そういうわけで久しぶりに見た彼女の第一印象は、思ったよりもよかったです。

久しぶりに覚えた「感動」を、何回かに分けてこのブログにも掲載しました。

コンサートや握手会に行って実際に姿を見てみたいと思いました。ただ、もう亡くなっているので、当然それはできないと言うことも知っています。

街で若い女性を見かけると、「これくらいのころ岡田有希子さんは亡くなったんだよな。」とも、「生きていたらこれくらいの子供がいるかもしれなかったんだよな。」とも思いました。

「恋、はじめまして」では何度か、親が交際を制限するさまを不満に思う歌詞が登場しますが、もし生きていて子供がいたら、このときの歌をどう思うか聞いてみたいと思いました。

自分とは世代が変わらないのに、メディアの中の彼女はいつまでも若いままで、それが違和感を感じました。もう違う世界の人なのだということが、虚無感を感じさせます。

時々半端ではないトレーニングをするさまが映像に写されていました。そこまでしているのに、自殺しなければならなかった理由は何なんだろうと、今になって考えます。

岡田有希子さんのエピソード:訃報があってからしばらくの間

さて、いよいよ「あの日」にまつわるお話です。

1986年4月8日、私は学校でオリエンテーションを終え、家に着きました。帰ってきた私に母親が「岡田有希子って知っている?」と聞きました。

私は「ああ、知っているよ。」と、アイドル歌手に興味もなさそうな母が何でそんなことを私に聞くのだろうと思いながら答えました。

すると母は、「死んだよ」と言いました。

私はびっくりして、「えっ、事故か何か?」と聞き返すと、「自殺だって。」と母は答えました。

その後私は、信じられないという思いで、また、何かの間違いであってほしいという思いもあって、じっとテレビを見ていました。どの局もその話題で持ちきりでした。

その日のラジオの深夜放送でも、そのことで話題が持ちきりでした。自殺の現場では遅くまで、ファンが詰め掛けて追悼をしていたということです。

その日の夜、菊池桃子さんの「あなたと星の上で」を聞きましたが、岡田有希子さんのことには触れてませんでした。録音かもしれないし、当然のこととはいえ、ちょっとさびしかったです。

その後、友人の間では岡田有希子さんの話題はそれとなく避けるようになりました。何か身の周りに不可解なことがあると「岡田有希子の霊だ」と言うことが、ちょっとだけ流行りました。

私の友達が、彼の友達が自殺の現場に行ったと言っていました。遺体を目の当たりにして彼は、それでも遺体を抱きたいといっていたらしいです。ちょっと気味悪いですね。

後追い自殺が多発したと聞きました。でも、生きて彼女を思い出してあげることのほうが供養になると思うのですけどねえ・・・。

いとこが「中一時代」を定期購読していて、岡田有希子さんのコーナーがありました。そこには、ちょっと心ここにあらずな感じの岡田有希子さんが写っていました。何を考えていたのかなあ・・・。と思いながら見てました。

また、「お悩みコーナー」に、「岡田有希子さんが亡くなって、悲しい。」という相談がありました。気持ちはわかりますが、それのどこが「相談」なんだろうと思って読んでいましたが、担当の方は丁寧に答えていました。

どんな内容かは忘れてしまいましたが、「後追い自殺だけはしないで。」みたいなことは書いてあった気がします。

友人が変な「小説」を書いていました。彼が知っているいろいろな人物が一般人、有名人問わずそのままその小説に出てきました。当然岡田有希子さんも。

その中で主人公は岡田有希子さんをどこかに監禁して、その代わりに背格好の似た別の一般人の女性をサンミュージックのあるビルから突き落として、あたかも岡田有希子さんが自殺したように見せかけて、みんなだまされたという架空の物語を作ってました。

岡田有希子さんが亡くなったことが受け入れがたくて書いたのかもしれませんが、ちょっと趣味が悪いですね。

亡くなった理由が理由ですから、マスコミもこのことを封印し、周りの人たちもだんだんこのことを語らなくなりました。

それでそのまま、私も彼女の存在を忘れていました。

ただ、「リトルプリンセス」や「恋、はじめまして」の一部分とかは、何気なく口ずさむことはありました。岡田有希子さんの存在とは関係なく。

岡田有希子さんにまつわるエピソード:デビューから訃報まで

私の身の回りの、岡田有希子さんにまつわるエピソードをご紹介します。

デビュー当時、「リトルプリンセス」や「恋、はじめまして」がいいなと思いました。セシルチョコレートの宣伝が可憐でよかったですね。彼女の大きさはそのままに、背景がだんだん大きくなってくるカメラワークが、当時カメラが好きだった私の感性を刺激しました。

ちなみにどうするかというと、ズームを広角にして近くにカメラを置いて撮影を開始し、望遠にしながら遠ざかるとああいう画が撮れるのですよね。

「ファーストデート」がBGMの「カフェゼリー」の宣伝は、突然出てくるにやっと笑う外人が、よくわからないけど、印象にだけは残りました。

アイドルが集結する水泳のイベントに、岡田有希子さんが出ていました。途中で岡田有希子さんが水着姿で「リトルプリンセス」を高らかにうたっていました。惜しげもなく水着姿をカメラにさらす彼女の姿に、見ているほうがやや恥ずかしくなりました。

テレビで学園祭のイベントで、岡田有希子さんのコンサートがあったとニュースで見ました。画面には、可憐に例の特徴がある上下する踊りを披露していました。一緒に見てた親は、あまりいい印象は持たなかったみたいですけど・・・。

岡村孝子さんの「はぐれそうな天使」の「恋したら 騒がしい風が吹く」の部分が、岡田有希子さんの「恋、はじめまして」の「恋したら 誰だって きれいになりたい」の部分とダブりました。

替え歌で言うと、「恋、はじめまして」の「少しずつ この胸が・・・」「大きくなるのに」と歌っている輩がいました。いえ、私のことではありません。

ラジオでは「ちょっとおあずけ」を聞いていました。ただ、当時同じころ放送されていた菊池桃子さんの「あなたと星の上で」のほうが聞いてて面白いと思い、だんだん聞かなくなりました。

河合奈保子さんが主人公の漫画を、彼女のファンの友人に見せてもらいました。その中に「芸能界の人間関係図」のようなものがあり、岡田有希子さんも片隅にありました。菊池桃子さんとライバルであるとだけ書かれていました。

「二人だけのセレモニー」は、当時はあまり興味がありませんでしたが、友人が録音してくれた「Fairy」のテープをよく聞いていました。聞いてみると、結構よかったです。

「くちびるNetwork」が口紅の宣伝で流れていました。その口紅の特徴は、口紅の色があたかもネットワークのように整備されているので、自分の好きな色が簡単に見つかるという意味だったらしいです。

別の友人が「あなたを忘れる魔法があったら」が、ファンの中では人気がある曲だと教えてくれました。

その友人がとにかく岡田有希子さんが好きで、頼みもしないのにCDを貸してくれました。私は貸されるままに録音していました。おかげさまで、彼女の作品のほとんどを聞くことができます。ただ、メジャーなところで「恋、はじめまして」だけが手元にはありません。考えてみたら、生前のアルバムの曲を見ると「贈り物」にしか入ってなくて、それはCD化されてなかったから、CD化されるのを待っていたので録音しそこなったということですね。

その友人と一緒に車に乗るとよくテープをかけていました。その中に「水色プリンセス」が入っていましたが、私の心にも残っていましたね。あれはいい曲です。

クイズダービーのお題にも「恋はじめまして」が取り上げられていました。

お題は:「ピンクの○○さえ、まだまだおあずけなの。」さて、○○は?

答えはもちろん「マニキュア」。

さて、篠沢教授の答え、ドン 「ネグリジェ」

大橋巨泉「ガハ、ガハ。教授、何ですか、『ネグリジェ』って。ガハガハ」

教授:「いえね、やっぱりまだまだ許されないでしょう。ピンクのネグリジェは」

巨泉:「ネグリジェが許されないっていうのは、どういうことでしょうかねえ・・・。ガハ」

と、特徴のある笑い方を交えながら意味ありげに話していました。

私が印象に残っている岡田有希子さんの曲

岡田有希子さんの生前は、私は「リトルプリンセス」や「恋、はじめまして」なんて曲が好きでした。いえ、それは今もあまり変わることはないですが。

今はそのほかにも、「くちびるネットワーク」や「Summer Beach」もいいなと思いました。また、デビュー当時は地味に聞こえた「ファーストデート」も、今聞くとなかなかいいと思います。

岡田有紀子さんの生前、私の周りでは、岡田有紀子さんは人気があったのですが、最初にテープに録音させてもらった曲が「Fiary」だったので、思い出に残っている曲もこの中からのが多いです。

「あなたを忘れる魔法があったら」がファンの中では一番人気みたいです。これも悪くないのですが、曲順ではこの後に来る「ポップ アップ リセエンヌ」もいいなと思います。

失恋しながらも前向きに生きていくという歌詞を、明るいメロディーに乗せて歌っていくさまは、不思議と胸を打ちます。

「リトルプリンセス」のどこが好きかというと、「あなただけのプリンセス」と高らかにうたうのもいいのですが、「テスト明けまではしばらく会えないけど・・・」と、自分が生徒であることを忘れないところが、けなげと言うか、自覚があってよいなと思います。

「恋、はじめまして」は、「恋したら誰だってきれいになりたい。」と、この世代の女性が思うことを高らかにうたうことで、女性の人気も獲得していたのではないでしょうか。

今YouTubeの画像を振り返ると、コンサートを見ている姿に女性の姿も結構目立ちます。同性に好かれるというのはいいですね。

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