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大館の中3男子自殺、両親「原因はいじめ」 市教委に再調査要請 を読んで

先日「JR取手駅無差別刺傷事件」がおきたばかりですが、中三男子がいじめで自殺したと言う記事を読みました。

大館の中3男子自殺、両親「原因はいじめ」 市教委に再調査要請|さきがけonTheWeb

これは、先生も一緒になった「いじめ」だそうで、配布すべき書類を渡さなかったり、集団から一人のけ者にするような行動をとったりしていたらしいです。

昔「先生がいるときはいじめがないのに、先生がいなくなったとたんにいじめるらしい。困った。」という先生のボヤキを聞いたことがあったのですが、そんなことで悩む先生はむしろいいほうで、生徒がいじめていると一緒になっていじめると言うこともあるんだなと、これを読んで思いました。

ただ、いじめるほうもほかの誰でもない、その人をいじめるのですから、その人のなんらかに目をつけるわけで、その「なんらか」を持たないようにすれば、少なくともその人をいじめることはなくなるのではと思います。

「いじめのない世の中」を作ろうと言う活動もあるのですが、それによって「いじめのない社会」ができるのを待つよりは、その「なんらか」を持たないように心がけたほうが、結局はいじめられる人の「得」になると思います。

では、その「なんらか」って何でしょう?

私が思うのは:
1.その人をいじめると何らかの形で「自分に跳ね返ってくる」というものがないこと。
2.その人をいじめたくなるような何らかの不快な行動がその人に見られること。
の二つかなと思います。

1.はたとえば、「けんかが弱そう」「声が小さい」「おどおどしている」「体が小さい」「周りの人に貢献してなくて、存在感がない」など。

2.はたとえば、「太っている」「背が低い」「はげている」「人と違った行動をとる」「とろい」などかなと思います。

こどもの「いじめ問題」で頭を悩ませながら、自分はほかの人をいじめると言うのが、現在の大人の状況だと思います。

いじめられている人、いじめられやすい人は、もう一度自分を振り返って、どんな、その「なんらか」が自分に存在しているか、考えてみるのもよいかもしれませんね。

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コメント

確かにいじめられる人を見ていると、「いじめられても仕方ないな」と思うことがあります。
arpさんのような視点から「いじめを防止する」ということも、あるいは必要かもしれませんね。
個人的には考えたくないですけど。

激熱さん、こんにちは。
「いじめられても仕方がない」という言い方を、他人が言うのは極論ですが、自分がそう自覚するのは大切だと思います。
そのいじめられている人に対しては、慰めるとともに、なんでそうなるのかを一緒に考えてあげることが大切かもしれませんね。

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