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2010年6月

ショパンのワルツを聴いてわかった:ルービンシュタインの偉大さ

音楽を少しでも聴く人は、いえ、大して興味がなくても、「アルトゥールルービンシュタイン」という名ピアニストを多くの方が知っていると思います。

ポーランド生まれの彼は、特にショパンの演奏において高い評価を得ていて、ショパンのほとんどの曲の演奏をレコードやCDに残しているのですが、一方で「優等生的である」「つまらない」という評価も聞きます。

確かにそういう懸念もあるといえばあるのですが、ワルツを聴く限り、それは逆に彼の魅力にさえ感じる部分があると思います。

うまくかけませんが、「真の巨匠」だからこそ、ストレートなアプローチで十分にショパンのワルツの魅力が、胸のそこに伝わっている感覚を、彼の演奏を改めて聞いて感じました。それはまるで、素材のうまみを十分に生かした料理の巨匠ならではの味わいに通じるように思います。

彼のワルツに比べたら、ほかのピアニストの演奏は妙に表現に凝っていて、一見華やかであっても、長い間聴いていると飽きてくる、創作料理のような感じにさえ思えてきます。

それはもちろん、ピアノソナタやスケルツォ・バラードを聴いても伝わってくるのですが、誰でも弾けるワルツにこそ、彼の持ち味が十分に生かされていると思うのです。

やさしい曲だからこそ手を抜かず、細部まで弾きこんだ演奏は、あまたあるショパンのワルツの演奏の中でもおそらく最も不満の少ない一つにあげられると思います。

レクサス・ハイブリッド車、米でリコールへ - 速報:@niftyニュース

レクサスのハイブリッド車が、アメリカでリコールになったそうです。

リンク: レクサス・ハイブリッド車、米でリコールへ - 速報:@niftyニュース.

理由は「ぶつかったときのガソリン漏出量が規定を超える」ということらしいので、ぶつかりさえしなければ安全に走れるもののようで、ちょっとほっとしています。

ただ、レクサスデスクの設置や、各種サービスなど、「高級に見える」演出は得意なレクサスですが、肝心の車については、ちょっとお粗末かなとも思います。やはり安心できる車を提供してからにしてほしいです。

BD(Blu-Ray)-RE生活

パソコンをBD-REにしたかったのは、我が家にあふれかえっているデジタルカメラのデータを退避して一安心したかったからでした。

で、先日BDのメディアを買いに行ったのですが、まったく前知識なく買いにいったので、お店の人と話をしながら混乱していました。

「一回しか記録できないのがBD-Rで、何度も記録できるのがBD-REで、それぞれSLとDLがあります。」という説明で、それはあっているのですが、実はにわかに信じられなかったのです。結局はBD-REディスクのお買い得パックを買ったのですけどね。

信じられなかったのは、記録式のCDやDVDは、もっとたくさんの規格があって、知れば知るほど混乱するので、BDの規格がこんなにわかりやすいのが心外でした。規格を決める側の反省があったのと、それだけ技術が進歩したということでしょうね。

あっ、CDやDVDの書き込みメディアの規格がどのような変遷をたどったかは、Wikiなどを参照してくださいね。

それはそうとこの「BD-RE」って規格、ディスク上のファイルを消去したら残り容量は増えるんですよね。昔あったCDRFSって規格は、ディスク上のファイルを消しても「消した」という情報が追加されるだけなので、残り容量は増えるどころか、逆に減っちゃいますからね。

今日も一日終わったと思うとき:布団に入って寝付くとき

布団に入ったときですね。「一日終わった」と思えるときは。

おきているときは何やかにやと、活動している気になっているのです。

ブログネタ: 「今日も1日終わったー!」と思うのはどんな時?参加数拍手

「寝るより楽はなかりけり。」ですね。

「だんちぐま日記」が本になりました。

先日お知らせした「だんちぐま日記」が本になったらしいです。

http://ameblo.jp/shirokuma-4690/entry-10570624090.html

実は我が家にもすでにその本があって、私の奥さんが手に入れたらしいのですが、自分たちの様子を「くま」になぞらえて表すさまは、ほほえましくて、時々切ない気分にさせてくれます。

ブログで見ても面白いのですが、実際に本を手にとって読むと、親しみやすさもよりまします。やはりこの辺は、紙媒体が衰退しないひとつの理由かなと思います。

ご本人は「立ち読みしてください。」と書かれていますが、まあ、買ってよいと思った方は買われてもよいのではないでしょうか。

出たばっかりですが、早速次号が楽しみです。

今度はテレビが壊れました

パソコンが壊れて、買い換えてほっとしたのもつかの間、今度はテレビが壊れましたcrying

昨日つけたら、しばらくちゃんとついていたのですが、急に画面が乱れて、なにやら台形のような形になりました。ちなみにブラウン管です。アナログテレビ(古っ)。

最初はテレビ局側が原因かなと思っていたのですが、なかなか直らないのでほかのチャンネルに回してみたら同じような変な画像になったので、やっぱりおかしいと悟りました。

とうとう年貢の納め時、英語で言うと"Time to pay tax."です。(信じないでください)

先日は背中が痛くなって、まだその余韻が残っているさなか、身も心もぼろぼろです。

今年の年末には引越しを計画していて、そのときを機会にテレビを買い換えようとしていたので、このタイミングでの故障は非常に微妙です。

後半年テレビなしで我慢するか、それなりのものを買うか、ちゃんとしたのを買うか・・・。

まだ検討中です。

パソコンを買いました

そういうわけで、パソコンを買いました。

壊れたのがノートPCだったので、今回買ったのもノートPCです。

今ではブルーレイ付のノートPCが10万円未満で買える時代。いい時代になったものです。

後はデスクトップパソコンがまだXPなので、変えるとしたらこれですが、まだピンしゃんと動いているので、まだまだ先になりそうです。

使いこなすのはこれからですが、まずは動いてよかったです。

パソコンが壊れました

我が家のパソコンが壊れました。

最初は順調に立ち上がるのですが、ボディーが熱くなり、いずれ画面がちらつきます。

先日なんて、熱暴走しました。

やっぱり暑いですからねえ…(なのか?)。

パソコンを買ったら、またいつも通りこのブログの更新もできると思います。

私がイメージする父親像:背中で育てる

別に昨日背中が痛いという記事を投稿したからと、今日も背中ねたというわけでもないのですけど・・・。

私が思う理想の父親像は、月並みですが「背中で子供を育てる」父親ということです。

それをするには、人格者でなければなりませんし、自分が熱くなれるものも持っていなければなりません。子供や母親(自分の妻)から一定の信頼も得ている必要があります。

ブログネタ: あなたがイメージする“理想的な父親”って?参加数拍手

「教える」ということではなく、自分のしぐさを子供に「盗ませる」ことで育てていく父親。

細かいことですが、私は幼いころ、父親が箸を使っている姿を見て、そのやり方を盗んで、今のように箸が使えるようになりました。

父親がキャッチボールできついボールを投げてきたときには、どうやったらそんなボールを投げるようになれるかを考えたことはなかったですけど…。

最近までは父親が家に持って帰った仕事の書類を盗み見たりして、自分の仕事に役に立つことを考えたりしていました。

また、今の時期になってやっと、父は私にIT業界のことや、用語のことを質問してきたりもします。

そんな今、やっと私は父親の背中を追うだけの存在から、対等に向き合える価値のある存在へと格上げになったということかもしれませんね。

背中が痛いです

先週あたりから背中が痛いです。

痛みが生じる前、上半身を少しかがめる(大した角度じゃないです)作業をしていたのですが、背中に違和感を感じたまま、その時は違和感のまま作業が終わりました。

その次の日、首が痛くなり、早めに寝たら次の日は楽になり、その次の日は朝起きたときは良かったのですが、歩いている途中にちょっと姿勢を変えた(多少かがんでいた上半身を微妙に起こした程度)ら、急に背中に激痛が走り、ちょっと猫背にしている時以外の上半身の姿勢をとると背中に痛みを生じるようになりました。

痛みで頭が朦朧となり、仕事が思うように進みませんでした。やることはあったので仕事はしていたのですが。

次の日は休みだったので、病院にいって、飲み薬とシップ薬を頂ました。服用して休んでいると、少し楽になりました。

この年までぎっくり腰もせず、そこそこ不自由のない生活をしていたので、これまでこのようなことがなかったことが幸運というべきだったでしょう。

それはともかく、しばらく不自由な生活が続きそうです。周りにシップのにおいを撒き散らしていることでしょう。歳はとりたくないものです。

ホンダ「enepo」のパンフレット

ホンダから「enepo」という自家発電機が出ましたが、先日ホンダに行ったときに、パンフレットをいただきました。

中を見てみると、「これであなたもいつでもどこでもドライヤーが使える。」とか、「いつでもどこでもホットサンドが作れる。」とか、「ホットコーヒーが飲める。。」とか、言いたい放題で、きれいなお姉さんがenepoを旅行鞄かなんかのように引いている写真が出ていました。

まあ、「ホットサンドメーカー」や「コーヒーメーカー」はだれがどうやって持って歩くんだよ。なんて、突っ込みはさておき…。

従来の屋外型発電機の常識を打ち破るパンフレットに、ちょっとびっくりしました。以前目にした発電機のパンフレットは、キャンプのシーンや防災のシーンが前面に出ていて、結構地味な感じがしたのですけどね。

私なんかはこれを使って、電気自動車のレンジエクステンダーとして使ってみたいと思うのですが、そこまでの発電能力はないんでしょうね。たぶん。

昔聴いたショパンマズルカのCD

最近、昔聴いたショパンのCDを聴きなおしています。

先日聴いたのは、アシュケナージが演奏するショパンマズルカのCD

ケースを開けてみたら、ショック止めのスポンジがあったのですが、手を触れると、触れたそばからぼろぼろと崩れ落ちました。これを聴いたころは何を考えていたか、今となって走る由もありませんが、ショパンに夢中になっていたあの頃から、もうそんなに年月がたったのだなと、それだけ思いました。

ワルツやノクターンと違って、マズルカという曲は一般にはなじみが薄いのですが、ショパンは一生をその作曲に捧げました。

また、気がつかないだけで、マズルカは結構いろいろな局面で使われています。

一番聞かれるのは「Mazurka for piano No. 44 in C major, Op. 67/3 (posth.), B. 93/2」ではないでしょうか。この曲は以前ラジオで深夜に流れていた「100万人の音楽」の冒頭で流れていた曲です。しっとりとした口当たりは、ワルツやノクターンのようです。

一番マズルカらしいのは「Mazurka for piano No.  5 in B flat major, Op. 7/1, B. 61/1」だと思います。そのポップな軽いノリは、テレビのドラマで子供がスキップするBGMで流れていたのを聞いたことがあります。マズルカのもともとの色合いを最も強く映した曲の一つだと思います。

マズルカは3拍子で、ワルツと違って3拍子目にアクセントがあるのが特徴で、メロディーは付点音符が多用されます。ポーランドの農民の民族曲と言われていますが、ショパンのそれはすでにそんな影は薄くなって、芸術色が濃くなっています。

マズルカは、気持ちがつかれているときに、時々聴きたくなります。逆に言うとマズルカを聴きたくなるということは、今は気持ちがつかれていると言えるかもしれないですね。

モテる大人の条件:自分のスタイルをもっている人

モテる大人の条件は、自分のスタイルをもっている人だと思います。

ブログ学園

ブログネタ: 【ブログ学園】モテる大人の条件って何だと思う?参加数拍手

智に働きすぎず、意地を通しすぎず、流れに棹差さず、さりげなく自分のスタイルを持てる人が、モテる大人の条件だと思います。

たとえば車で言うと今人気絶大の背が高いミニバンやSUVだと一緒に乗る女性が乗る時にスカートの裾に気を使わなければならないとか、気合いが必要という不便もありますが、何より都会を走る身としては機械式駐車場にとめられないのは不便で、都内ではデートもできないです。

かといって、車高が低く、車体に構造区切りがないと走行性がよくならない頃の車体の形であるセダンに乗るのも、妙に意地を通しすぎのような気がしますし、クーペやスポーツカーなどで気取るにしても、彼女を狭い室内に押し込めるのも気が引けるというものです。

そうすると、機械式駐車場に入るくらいは背が低く、かといって低すぎないツーリングワゴンか低高型ミニバンになるのかなというのが、私の結論です。

デートのおともに乗る車で、モテるというと、今はこうかなと思いますね。昔はかっこいいクーペやスポーツカーになるのでしょうけど。

あっ、あくまで個人的な見解ですけど。

一方カメラのことですけど、みんなが持っているからといって、コンパクトカメラで通すのは流れに棹さす気がするし、かといって一眼レフをぶら下げるのも意地を通しているのかなという気がします。

最近はマイクロフォーサーズやNEXのような小型のレンズ交換型一眼カメラも出てきますが、小さな一眼カメラ然といった構えは払しょくできず、レンズを向けられた側は緊張するし、気軽に人に渡して撮ってもらうのも躊躇します。

リコーのGXRなら、カメラユニットの切り替えによって、二人の写真を撮ってもらう時も、彼女の美しさを最大限に引き出す写真を撮る時も、柔軟に対応ができます。マルチパターンオートホワイトバランスによって自分たちの姿も、背景の姿もよく映る撮影ができ、思い出を記録できます。

デートのおともには良い一台で、モテる大人が持つカメラではないでしょうか。

降水確率何パーセントだったら傘をもっていくか:降水確率より天気概況を見て判断します

傘をもっていくかどうかは、降水確率よりも、天気概況とかで確認するようにしています。

ブログネタ: 降水確率、何%だったら傘を持って行く?参加数拍手

冒頭に話される「高気圧がここにあって、低気圧がここにあって、前線がこうなっていて…。」というやつです。

これらは大体事実を話すことが多くて、その日一日の天気状況の動きも、大体当たっていることが多いです。それで、その気圧や前線の動きを先読みして、ある時点の雲の様子や気圧の様子を予想して、そこからその地点の天気が晴れ・くもり・雨を予想します。

もちろん、実際の天気状況は、その時の状況によって停滞したり、速く動いたり、ほかの方向に行ったりするので、それをどう読むかが天気予報士の力量にかかってくるわけです。

そんな変わるかもしれない状況による予想に右往左往するよりは、状況を認識して、気象予報士なりの予想を鑑みたうえで、自分なりの考えを持って、傘をもっていくか持っていかないかを決めた方が都合がよいです。

以前も、天気概況と降水予想がどう見ても食い違うと思っていたのですが、結局天気概況があっていた経験があって、それ以来天気概況から判断するようになりました。

面倒なようですが、天気の勉強にもなりますし、気象予報士にもなったみたいで、ちょっとおもしろいです。

リコーのGXRとは「どんなカメラ」か?

先日書いた「リコーのGXRを使う時に一眼レフを使いたくなる時」のトラックバック先の方のブログを見たところ、本件についてまた記事を書きたくなりました。

GXR+A12 の組み合わせが気に入っていて、それをもって「一眼レフ並みの画質をもつコンパクトカメラ」というのが、この方の「GXR」の位置づけのようです。

一方で、「レンズ交換できるカメラ」という考え方も述べられていて、そのどちらかではないかとのことでした。

この「どちらとも考えられる」ということがGXRのGXRたるゆえんだと思います。

最近出たソニーのNEXは、どちらかというと「比較的小さな一眼カメラ」という位置づけが強く、どのレンズユニットを使っても、おそらく本当の意味での「コンパクト」にはならないと思います。本体は小さくても、レンズをつけると結構でかいです。

GXRは、そもそも「コンパクトカメラでもレンズ交換したい」という観点から開発を始めているので、当然コンセプトは「レンズ交換できるコンパクトカメラ」ということになります。これは確かに、私が受けるイメージからも近いですね。

ただ、今後35mmサイズの撮像体をもったカメラユニットや、645なんて出てきちゃうと、「コンパクト」なんて言っていられなくて、では「レンズ交換できるカメラ」というと、そんなの当たり前じゃないかとなる。

私的に一番ぴったりくる表現は、「いろいろな画作りができるカメラ」かな。

GXR本体にしても、未来永劫これ一機種という保証はできなくて、今後も増えていく可能性があるわけです。カメラユニットと大きさがたいして変わらないような小さなものも考えられますし、一眼レフのような大きなものだって考えられるわけです。

ましてやユニットもカメラユニットだけではなく、ストレージユニットやプロジェクターユニットも考えられているというと、これはもう何と言っていいかわかりません。

たとえば最近思うのは、GXR本体の別バージョンで、常にオンラインで、quanpに接続されていて、撮るそばからquanpにドロップされて、後で確認するときも今撮った写真も含めてquanpで確認できるなんて言うGXR本体が出たら面白いですね。

もちろん、それをするには帯域が広い無線通信が必須なので、もうちょっと時代が下らないと難しいかもしれませんが、明らかに今後の「クラウドコンピューティング」の画像入力装置の一役を担うデバイスに変貌することだってありうるわけです。

「そんなの、普通の一眼だってできそう。」というのもわかるのですが、普通の一眼カメラには余計な「撮像体」がくっついてくるので、絵作りに重要な光学系の一つともとれる撮像体と、画像処理やストレージをするためのコントローラーがくっついてしまっているという、ある意味変な状態というわけです。そういうわけで、GXRは、そんな発展にぴったりのシステムであるといえます。

とまあ、ここまで来ると、「コンパクトカメラ」も「一眼カメラ」も、「画像入力デバイス」とか、そういうカテゴリ分けなんて、なんかどうでもよくなってきます。ほかの何でもない「GXRだ!」と、個人的には叫びたいです。

だんちぐま日記

最近、面白いブログを見つけました。

「だんちぐま日記」というらしいです。

http://ameblo.jp/shirokuma-4690/

夫婦の様子を白クマと黒クマになぞらえてつづる4コマ漫画です。

何となく我が家の生活に似ていて、ちょっと恥ずかしくて微笑ましいです。

ブログ本も出るそうなので、出たら見てみたいと思います。

私も考えてみました。

タイトル「天国ぐま日記」

1:そうして二人は天国にやってきました。「あっ、あっちが人間の世界だ。行ってみよう」

2:クマさん達トコトコ行くと、後ろから声が聞こえる「君たち、どこに行くのだ、動物はこっちだ」

3:振り向いて、「えっ、何でですか? 僕たち人間なのに。」目の向こうには「神」らしき人物。

4:「当り前だろう、君たちはクマだから。何をしている、こっちだ。」「えーっ」

なんて、どうでしょう。

どこまでも」を見て、何となくその後を考えてみました。

最近増えすぎなんじゃないかと思うもの:ショパンを聞く機会

今年はショパン生誕200周年で、私は中学生のころから知ってはいたのですが、最近は結構盛り上がっているようです。

ブログネタ: 最近、増えすぎなんじゃないの?と思うものは参加数拍手

商店街のお店に入った時も、よく耳にします。以前レクサスに見に行った時も、BGMでショパンのピアノ曲が流れてきました。

元曲なら私も好きだからいいなと思って聞いているのですが、中にはアレンジの曲もあって、元曲が何か、考えさせられる時もあります。

そういえば、ノクターンの作品9の2をアレンジした、女性が歌っている曲があります。

元曲が比較的しっとりして静かな曲想なのに対し、その歌はアップテンポでさわやかな曲調で、その曲の違った面を見せてくれて、ちょっと好きです。

「Q;indivi Starring Rin Oikawa(及川リン)。」という方が歌っている、「Wedding Celebration」というアルバムの中の、4曲目「Nocturne No.2(夜想曲第2番) (Frederic Francois Chopin) 」という曲だそうです。

ちなみに好きな曲なら聴く機会が増えて良さそうな気がしますし、確かにそうなのですが、ショパンはどっちかというと「オタクっぽい」曲で、一人でこっそり聞きたい気もします。そんな中、街中でショパンがあふれる状況は、やはり増えすぎなんじゃないかと思うわけです。

「結婚」のイメージ:「責任」が伴うということ

昔は結婚するということは、いろいろと変わることが多く、側面も多々ありました。

大体は結婚するときに初めて一緒に暮らすとか、初めて夜を共にするとか、一緒に生活するとか、子供を作るとか、家計を共にするとか、さまざまな二人のことを、結婚と同時に始めていたのですが、最近は結婚前からすでに始めているカップルも結構多いみたいです。

ブログネタ: 「結婚」って、どんなイメージ?参加数拍手

最近は子連れで結婚式を挙げる方々もいらっしゃるみたいで、結婚前の妊娠をコントロールしたり、ましてや遠い昔は話をすることさえとがめられていたころが遠い昔のように感じられます。

さて、そんな世の中であっても、結婚前と後とで違うことと言えば、一言で言うと「責任が伴う」ということなのだと思います。

たとえば、結婚前の二人だけの関係から、結婚後の家同士、親戚同士の関係に代わってきて、付き合いに責任が出てくるということがあげられるのではないかと思います。

結婚したとなれば、お互いの親せきを無視できないわけですし、ある時は利権がからんでくることもあります。いいことばかりではなく、そんな関係に向き合っていくということが、結婚ではないかと思います。

後は、単に好き同士で一緒にいるのとは違って、結婚すると社会的に別れることが難しい、お互いを好きであることに責任をもたなければならないという面で、社会的な立場が異なるということかも知れません。

昔は結婚すると始まる楽しみなことも多かったのですが、今ではその多くが先取りされてしまって、結婚すると重荷になることだけがのしかかるので、結婚しないままでいようかというカップルが増えてきているのかもしれませんね。

ただ、子供ができると結婚する人たちが多いみたいで、それはやはり子供のことを考えてのことですね。これもまた、責任ということなのだと思います。

「水書きグー」とその応用

最近、NHKで放送していた「まちかど情報局」で、面白いものが紹介されていたので初回します。

「水書きグー」という商品です。

http://blog.goo.ne.jp/mizukakiguu

もともとは習字の練習のために開発されたらしいのですが、半紙のようなもので、通常は白いのですが、水でぬらすとそこだけ黒くなり、筆で普通の水でその「水書きグー」に文字を書いて、黒く浮き上がらさせ、文字を練習し、乾かしたらまた白くなって、水で書くという繰り返しで、同じ紙を何度も練習に使えるというものです。

値段は半紙サイズのものが10枚セットで2100円、一枚当たい210円くらいらしいです。

これはこれで面白いと思ったのですが、私はこれって、別のことに応用できないかなと思います。

たとえば、今はやりのインクジェットプリンタで水を使ってこの紙に印刷し、一時的に文字を可視化して見た後に、乾かして元通りになって再度使うなんてどうでしょう。

ただ、この場合、濡れた紙を重ねると、どう悪影響するかとか、必要な時にすぐに乾いて消去できるかとか、すぐに乾いてしまって文書として役に立つのかとか、そもそも何に使うのかとか、いろいろと考えることは多いと思います。

ただ、ひっついたトナーを除去するよりは熱量はかからなそうですし、消すのを忘れてもいつかは消えてくれそうなので、機密情報のやり取りに良さそうです。

これに使うかどうかはわかりませんが、水を打つインクジェットプリンターは、何かいろいろ使い道がありそうですね。熱い液体に水を打って、そこだけ固まらせて流すと版下ができるとか、逆に氷に水を打って、そこだけ溶かしてすかさずプラスチックとかを流し込んで版下を作るとか・・・。どうも版下から逃れられない(汗)。

考えが発散したので、続きはまたの機会にしますが、水を打つとそこだけ一時的に像ができるという媒体に興味がわいた次第です。はい。

もっと知りたいエコ:消耗品のエコ(車のガソリン・トイレットペーパー・プリンターのインクなどなど)

私のもっと知りたいエコは、最終消耗品のエコです。たとえば車のガソリンとか、トイレットペーパーとか、プリンターのトナーとか。

ブログネタ: 「もっと知りたいエコ」は何?参加数拍手

どっちも消費されたらそれでおしまい。再利用ができないものです。

ガソリンは、車に使われると燃やされて、熱に代わって終わってしまいます。トイレットペーパーも、一回使っておしまい。プリンターのインクも、紙について活用されて、廃棄されたらおしまい。ちなみにプリントされる紙は再利用されるので、ここでは関係ないものとします。

そんな、「使われたらそれっきり」というものにはどんなものがあって、エコロジーのためにどのような取り組みがなされているか知りたいです。

これらの物は、よっぽど「環境にやさしい度」が究極にならないと、「エコ」にならないと思います。原則は植物由来の原料で、燃やされたとしても植物が吸収したCO2と同じなので、「カーボンニュートラル」というCO2を排出しないことと同じに扱われるそうです。

ガソリンは石油由来のものだけでなく、植物由来の材料を混ぜることでCO2排出量を減らす取り組みや、燃やし方をクリーンにすることで、有害物質を出さないような取り組み。

プリンターのインクに関しては、最近バイオマストナーと称して、植物由来の物質を使った油脂を混ぜることで、カーボンニュートラルを実現したり。

トイレットペーパーは、これ以上再利用できない位再生サイクルを経た紙を使ったり、それでも風合いを損なわないような技術を施したり、さらに最初からそれを前提にした紙を作ったりなど。

そういった、最終的に消費される場面でのエコを、もっと勉強したいです。

また、その消費も、バランスが大事なんじゃないかとも思います。

車のガソリンは、石油から蒸留されて比較的軽いものがそうなるわけですが、原油生成する過程で、必ずできるものです。しかも、車以外に消費する用途がないとか。

そうすると、ほかの需要が削減されない限り、ガソリンの消費量だけ落としても、ガソリンが余るだけという議論があります。

「ハイブリッドカー」や「電気自動車」のように、ガソリンを使わないで済むような技術を開発するのは大切ですが、ほかの需要も抑えて社会全体として脱石油化を進めないとガソリンが余ってしまってしょうがないということにもなりかねません。

そんな、最終消費のバランスについても、もっと勉強したいと思います。

もう一つ思うのですが、「植物由来」といっても、トウモロコシやサトウキビなど、食べ物を燃やすという活動には、いまひとつ抵抗感があります。組成の都合でそうなっているようですが、非食物系の植物由来原料の開発も、個人的には勉強したいです。

ゆで卵:マヨネーズをつけて食べるのが好きです

ゆで卵は何と言っても、マヨネーズをつけて食べるのが好きです。

なにしろ、普通にサンドイッチに使われている調理方法で、私は「卵サンド」が大好きだからです。

ブログネタ: ゆで卵、何をつけて食べる?参加数拍手

幼いころ、いろいろなサンドイッチを食べましたが、卵サンドを食べたときに、ものすごくおいしいと思いました。

それで、何かというと、卵サンドばかりを食べていましたが、そのうちゆで卵とマヨネーズを混ぜるとそうなると教わりました。

それからは、卵とマヨネーズを混ぜてパンにはさんだり乗せたりして食べるという、「セルフ卵サンド」をよく作って食べていました。

当時から脂っこい物やこってりしたものが好きで、だからこそ太っていたわけですね。

ただ、以前「卵サンド」を見て、「あっ、これだ」と頼んだのですが、中にうすい卵焼きが入っていたときは、すごく残念な気分でした。

しかも、ゆで卵にマヨネーズを混ぜたのと、卵サンドの具とは、微妙に味が違い、それが何でそうなのかはいまだによくわかりません。塩コショウを振ったりしているのでしょうか。

それはそうと、小学校の頃、「ゆで卵に何をつけて食べる?」という話題になった時に、「マヨネーズ」と答えると、ある人が「気持ち悪い」といい、別の人が「そんなことはない」と言っていました。

ゆで卵に何をつけるか一つをとっても、異論反論オブジェクションがありそうです。

リコーのapp2meに新ウィジェット「faxモニター」追加

皆様当然ご存知と思いますが、リコーが作っているのはカメラだけではなくて、複合機も作っています。そのリコーがリリースしている複合機をコントロールするガジェット「app2me」に、「faxモニター」が追加になりました。

正確な情報は以下のURLをご確認ください。

http://www.ricoh.co.jp/release/by_field/copy/2010/0607.html

ビジネス用の複合機にしか使えないらしいですが、そもそもリコーさんはビジネス用のプリンターしか作ってないようなのですが、我が家の複合機にこんな機能があったらなあと思いました。

最近は家庭内LANを構築している家庭も珍しくなく、ほとんどの情報を画面上で見る時代に、相手から来た画像が紙で出力したっきりというFAXという装置は、やたらと古く感じられ、なおかつその紙をなくしたらおしまいなので非常に不安になります。

そんな中、このようなアプリがあると、届いた紙の内容を確認できたり、紙に出したかったら出力したり、携帯端末で持ち歩いたり、いろいろと遊べそうです。

入手するソースにかかわらず、シームレスに一元的に管理ができ、閲覧方法もユーザーの好きに選べるという環境が理想で、

リコーのGXRカメラユニットP10を触ってきました

先日早速、リコーのGXR用カメラユニット「RICOH LENS P10 28-300mm F3.5-5.6 VC」を触ってきました。

展示しているカメラユニットと組み合わせたセットを見てみると、ステップズームが設定してあったり、プレAFが設定してあったり、何かピントが遅いと思ったらマクロモードが設定してあったり、すごくマニアックな設定がしてありました。

もとに(?)戻すのに苦労しました。(??)

きっとよっぽど熱心なGXRファンがいじった後なのでしょう。

さて、元に戻した(?)あとのP10カメラユニットですが、ピントの合わせ具合も合格点で、画質もなかなかのものでした。

ただ、S10などと比べると、やはり作品を拡大していくと、最大に拡大したところで画像に粗さが見られました。それはリコーさんのHPのサンプル画像を見てもその通りで、やっぱりそうだなと思いました。

S10やA12では、拡大しても比較的良い画質を保つので、やっぱりこの辺で差が出るのかなと思いました。ただ、その「性能」は、私が持っている1/1.7撮像体カメラの画質とそん色なく、やはりリコーのカメラユニットは「1ランク」高いのかなと思います。

ただ、そうはいっても等倍画素拡大して初めてわかるもので、普通にパソコンの画面上で見る分には、十分に鑑賞に耐えるものです。

その性能の差は、比較的コントラストの強い場合に出るらしく、ほかの1/2.7撮像体搭載のカメラ(CX3含む)の画像だと、妙にのっぺりして、何やら絵具を塗ったような画像なのですが、P10は、そんなデメリットはないといえるくらい、かなりましと言えます。

その辺の差が、レンズ交換型カメラをうたっているGXRのそうである所以であると思います。

GXR+P10レンズキット(単体では「カメラユニット」というのに、なぜかここでは「レンズキット」というらしいのですが)は、49,800円で、発売当初のGXR単体と同じ値段という、やはり大盤振る舞いでした。

CX3がいくらか忘れましたが、3万円台くらいだったと思うので、それくらいの値段の差だったら、GXR+P10レンズキットを買うかを迷う価値があると思います。

我が家のIT計画にGXRが入る可能性が、ここでまた一つ増えました。

ただ、いまだに「レンズユニット」って呼ぶ人がいますが、「カメラユニット」ですよ。

今度たとえばレンズのみのユニット「レンズユニット」が発売されたら、それとどういう風に区別したらいいかわからないです。

もし「レンズユニット」が発売されたら「撮像ユニット」と組み合わせて「カメラユニット」がいっちょう完成するわけです。ただ、それでGXRの当初の目的が保てるのかという疑問もありますが、まあ、本当に高いレンズと撮像体だったら、ひょっとしたらありうるかも知れませんね。かつて600mm級の超望遠レンズを古いマウントから新しいマウントに交換するサービスがあったという話も聞きますし。

世界とつながってなかった頃ってこういう感じ

NTTコミュニケーションズのCMが昔から気になっています。

http://www.ntt.com/ad/tvcf/cm_contents/20090701_1.html

「世界とつながっているってどんな感じ?」という問いかけに対して、「その考え方が古い…」と子供が語りだすCMです。

それで「逆に世界とつながっていない頃ってどんな感じだったんですか?」と、子供が逆質問してきます。確かに彼の年代の人はつながっているころしか知らないわけですから、こういう質問が出て当たり前です。

そのインタビューシーンは、その質問に答えることなく、話題は別のところに移っていきます。

さて、「世界とつながってなかった頃」ってどんな感じだったのでしょうか。きっと何もかもが不便な世界だったと思います。

たとえば、「何時何分にここね。」と、打ち合わせたら、よっぽどのことがない限り会いに行かないといけなくて、どうしても無理だったら、代わりに誰かを伝言に行かせてあげないといけない。黙ってすっぽかすと大ひんしゅくを買う。今のように常につながっていれば携帯一本でドタキャンできるのに・・・。

今のように携帯やメールでダイレクトに連絡できないから、若いころに気になる異性に連絡するときは一家に一台しかない電話にかけるしかなくて、家族が出るといろいろ交渉してとりついでもらわないといけない、礼儀作法や話法を知らないとコミュニケーションができない。

何かわからないことがあると、手軽に検索で調べることができないので、図書館に行ったり、街に出て本屋を巡ったり、詳しい人を探して会話をするなど、自分の足で情報を仕入れないといけない。

自分で情報を発信するときは、自分で働いた金をためて自分で出版するか、文を書く勉強をして出版社や新聞社に売り込んだりしなければならない。また、会話の中で妥協点を探りながら、相手の心に響くように話さないと、なかなか自分の意見が世の中に浸透しない。

つまり、何もかも、やることに気合いが必要だった、自己研さんしないと何もできなかった、人の気持ちを常に考えないといけなかった。そんな世界だった気がします。

「世界とつながってない」世界は、こんな感じだったと思います。

確かに不便ですが、そこには何か、人間くさい、不便だからこそ得られる価値があり、うまく言えないけど、それはそれで大事なんじゃないかと思わせます。

私はそう思うのですが、この文章をご覧になっている皆様は:

「逆に世界とつながっていない頃ってどんな感じだったんですか?」

という質問に、どう答えますか?

あっ、誤解のないように言っておきますが、私も今の世界の方が好きです。ただ、「つながってなかった頃」の体験は貴重だったとも思います。

ところで、Twitterを始めました。

どう自己紹介すればよいのかわかりませんが。@arpingjp に語りかけてみてください。

http://twitter.com/arpingjp

リコーのGXRで撮る商業写真

リコーのGXRで撮る写真は、個人で思い入れのある写真を撮るシーンが思い浮かびますが、商業写真、それもアートな写真ではない写真を撮る道具として、どう活用されるかを考えてみました。

一応現在発売、あるいは発売予定のカメラユニットを使うということを想定してみます。

スポーツシーンでは、競技中の風景を遠くから超望遠で狙うのではなくて、たとえば控室にいる選手たちをスナップ的に撮るやり方が考えられるかなと思います。練習場の風景とか。

あるいは、応援している人たちや、チアリーダーたちの息遣いとか、「キャンディット・フォト」のコンセプトは、商業写真においても何らかの役に立てると思います。

最近多い政局の乱闘ぶりを撮影しようとしても、一眼レフでは機動力に欠け、かといってコンパクトカメラでは画質に難があるという場合、GXRを使ってすぐ近くで撮影ができれば、より緊迫感のある撮影ができるのではないでしょうか。

一眼レフでは撮れなかった、コンパクトカメラでは性能に限界があった、そんな報道写真を、GXRで狙って撮れないかなあと、思っています。

先日触ってきたP10は、相当望遠まで近寄れますから、そんなカメラユニットは、商業写真に、実は最適なんじゃないかなと、思うこともあります。

鳩山首相の辞任に思う

私はこれまで、このブログの中で、一貫して鳩山首相・民主党を応援してきました。何より政治が「見える」政権だったと思うからです。

リンク: 鳩山首相、突然の辞意表明.

あの悪評高い普天間の移設問題にしたって、これまで奥に隠れて見えなかった検討状況がよくわかりましたし、「こじらせるだけこじらせて」というそのプロセスも、たとえばこれまでアメリカの言いなりだった基地周辺の沖縄県民の取扱いも、少しですが向上しました。

日米地位協定も見直しを入れたり、県外移設への検討も協定の中に入れたりなど、進んだことは進んだわけです。

いずれこの取り組みに感謝する時期が来ると思います。

「子供手当」も、「そんなに渡すのはどうか」「現金でなくてもいいんじゃないか。」という意見もありますが、子供への愛情表現は人それぞれですから、それぞれの形で恩恵を得るようにするには、現金支給が一番よいという考え方も、それはそれでありだと思います。

事業仕分けでは、予算が削れたというだけでなく、いろいろな無駄と思われる資金の流れが明るみに出ただけでも、私も勉強になり、政治が非常に透明化されたという印象を受けました。

このように、前政権では進んでいなかったいろいろな取り組みが、一気にここで進んでこれたのも、鳩山さんの取り組みのおかげだと思います。

進退問題が取りざたされる中、本当は東京にとどまっていたかったはずなのに、口蹄疫の取り組みのために宮崎にいらしたのも、なかなかできることではないと思います。

ただ一方で、「公約違反」や「政治と金」の問題がイメージを悪くしてしまい、「選挙を戦えない」と民主党議員まで辞任を促すようになってしまいました。また、話がぶれていると思われてしまいました。

その状態を持って「選挙を戦えない」という議員が出てくるということは、とりもなおさず日本の有権者がそういったイメージに流されやすいということもいえると思います。

「総理が変わりすぎる」ということは、有権者がそれくらいのレベルだともいえるのです。

鳩山政権の取り組みを冷静に見て、世論を形成できれば、今回のような辞任に追い込まれるようなことはないはずです。

ただ、鳩山さんが政権にとどまる限り、民主党が選挙を戦えないのであれば、そっちの方が困りますから、今回はいたしかたないと思います。

どうか菅さんの政権はしっかり引き継いで、国民の声によく耳を傾けながら、民主党政権の歩みを止めないようにしていただきたいものです。

Webのテレビ欄への要望

パソコン全盛の時代になっても、どうもテレビが手放せないのは、やはり私がテレビ世代なのか、それほどテレビが生活に浸透したものなのか、たぶん両方だと思います。

さて、以前は新聞で見ていたテレビ欄も、最近はパソコンでwebで確認することが多くなりました。

で、思うのですが、チャンネルの部分を「列見出し」のようにできないでしょうか。

いつも「おっ、これは見たい番組」と思っても、上に戻らないとそれが何チャンネルかわからず、それがとてもめんどくさいです。

もちろん、なんカラム目が何チャンネルということをちゃんと覚えることをしないものぐさな私がいけないのですが。

どうか一考いただけるとうれしいな。

ハウジングフェアーにて

最近、ちょくちょくハウジングフェアーなるものに出かけているのですが、最近も行ってきたので書きます。

その対象は広くて、新築の人や、リフォームの人、家庭設備を求める人、ガレージを作りたい人などです。また、一般の人だけでなく、工務店などを対象にした展示も多いみたいです。

さて、そんな中、風呂用品を展示しているブースがありました。

一通り説明を聞いていると、そのブースにバスローブを身にまとった女性が入ってきました。

ほかにも見るところがあったので、一旦その場を離れたのですが、あちこち回ってそこに戻ってみると、まだそこにいました。

そして、その女性はおもむろにバスローブを脱いで、水着姿になって、展示してあるお湯を充たしたバスタブに入って、水遊びを始めたではありませんか。

これまでいろいろなハウジングフェアーなるものに行ったことがあり、こういう催しもありかも知れないと思ったことがあるのですが、本当にやる事業者があるとは思いませんでした。

映像では普通に見られる光景でも、実際に見ると生々しいというか、目のやりどころに困るというか、ちょっと微妙でしたね。

奥さんは交際の時から私に「ありがとう」をくれています

奥さんには、交際の時から「ありがとう」をたくさんもらっています。

ブログ学園

ブログネタ: 【ブログ学園】最近、感動した“ありがとう”をくれた人は?参加数拍手

初めて出会った日、帰宅後に電話して、二言三言話をしました。それで、今度会う約束をして、最後に「今日は電話をくれてありがとう」と言ってくれました。

その後、なんどか交際を重ねてきましたが、たとえば車で自宅まで送っていくと、別れ際に「送ってくれてありがとう」とか言ってくれました。

そのうち私も自然に、奥さんにだけでなく、ほかの人に何かされた時も「ありがとう」と言うようになっていました。

ことによると私は、彼女に会うまで、「ありがとう」もいえないほど、心に余裕がなくなっていたのかもしれませんね。

よく、「人にはお礼を言いましょう。」とかいうことを聞くのですが、千回それを言うよりも、数回その人に「お礼」を言った方が、よっぽどその人がお礼を言うようになると思うのですが、そこまでは気が回らないのかもしれませんね。

同じことがほかの「挨拶」にも言えていて、よく「あいさつ運動」と称して、街角であいさつをする人を見かけるのですが、中には「普段から挨拶をしているのかな。」と思う人もいます。

本当に挨拶を広げようと思ったら、普段から挨拶をしたり、少なくとも自分があいさつをされたら自分も挨拶をするという習慣は最低限身につけたいものです。

「挨拶」は、自らそれをすることで、広がっていくと思います。奥さんに「ありがとう」と言われて、自分の気持ちが変化してきたことに、それを強く感じることができます。

子供手当:もらう人は責任を感じてほしい

子供手当支給する側も、受け取る側も、育ててもらう子供も含めて、もらったらそれを有効に生かす責任を持ってほしいです。

ブログネタ: 「子ども手当」 率直に言ってどう?参加数拍手

せっかく貴重なみんなの税金を使って子供手当をもらって育つのですから、一生懸命勉強して、立派な人になって、立派な働きをして、日本を豊かな国にして、「あの時の税金はタダみたいなものだっただね。」と、そうして育ててくれた人たちに思わせるようにしてください。

それは当然、実際にもらって運用する親御さんにもいえることで、子供をそういう風に立派に育てるように教育など有効に活用してもらって、お子さんが大きくなったらその話をぜひお子さんにしてあげて、モチベーションを上げるようにしてください。

また、子供を育てるときも、巷で子供が周りに迷惑をかけないようにしてください。巷の目はきつくなると考えてください。

ましてや成長して、「自分探し」などと称して定職にもつかず、年だけとってその「自己実現」さえかなわない年齢にまでなってしまうとか、「自分探し」をしていればまだいい方で、何の目的も持たずにただふらふらして、社会のお荷物になるようなことは、「費用対効果」を生み出さないということを肝に銘じてほしいと思います。

電車の中でも人の何倍も面積をとる乳母車に乗った子供を見かけます。みんな心では「正直邪魔だな」と思いながらも道を譲ってくれるのは、もちろん「次世代を育てる温かい目」「困った人は助ける」もあるのですが、「将来は立派な大人になって自分たちを支えてくれるから」という気持ちもあるはずです。子供手当によって、その期待にこたえる責任はこれまで以上にあると思います。

まとめると、子供手当は国民の血税で賄われるのですから、それを受け取る子供や親は、すでに自分たちだけで成り立っているのではなく、それ以上の価値を将来国にもたらしてほしいと思います。

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