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米国の原爆正当化に思うこと

つまり、「人を殺してなぜ悪いのか。」と、青年が聞いた事の国際版に私には映りました。

まあ、戦争ですから、相手が音を上げるまで殺戮を続けるのは、当然といえば当然です。

その、相手に「音を上げさせる」手段として、アメリカは日本に対して原爆を使ったということで、戦争の作戦として、それは正当化されるということなのだと思います。

では、日本がアジアに対して進出して、殺戮を続けたのも正当化されていいのですよね。戦争の作戦として行使したことですから。もちろんそれは、最終的には失敗したのですが、それが正当化されない理由にはならないと思います。

日本の殺戮が正当化されなくて、原爆が正当化されるのは、どう見ても片手落ちです。どちらも正当化するか、どちらも正当化しないか。二つに一つです。

もうひとつ考えるべき観点があります。

冒頭の「人を殺してなぜ悪いのか。」の問いかけに対して私は、「もし、人を殺してよいという規則が成り立てば、あなたも殺されてよいということになる。あなただけが殺されないという保証はない。それでよければ今からでも、人を殺してよいという規則ができてもいい。あなたはどう思う。」と答えたいと思います。

それと同じで、原爆が正当化されてよいのであれば、それはそれを問いかけた人の上に原爆が投下されてもよいということにつながらなければなりません。それがいやで原爆を正当化するのであれば、それは単に自分本位の考え方に過ぎませんね。

理論的な物事の考え方は、それは結構なのですが、自分にどのようにそれが降りかかってくるか、考えたうえでの議論でなければ、それは机上の空論に過ぎないでしょう。

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